一章:日常
第一話:ライフスタイル
四月一六日。午前七時ジャスト。
唐突ですが、自己紹介をさせてもらいます。
私の名前は真神美殊。この春、この地元の地方都市である黄紋町の私立黄翔高校の推薦で入学した高校生。
この地方都市は、世界的有名なガートス財閥が支社を日本に建ててから一〇年の歳月が過ぎ、ただの片田舎だった町がモデル都市と言えるほど綺麗な駅前アーケード、地下街が急激なスピードで作り上げられた急造の地方都市。
巨大財閥という網に引き上げられたかのように、この街は急速に形作られて私としても目新しいものだらけで落ち着かない。だが、アーケードから二つほど離れた住宅区は、新しい街並みに置いていかれたような、ちらほらと古い住宅が並んでいる。そこが風情だと私は思う。住宅街内にある如月クリニックから、突き当たりに二階建ての赤い屋根で表札に右から真神仁、京香、誠、美殊と順々に書かれている家があれば、それが私の家。
小さな庭にこじんまりした縁側だが、夏には花火ができ、とても風流で気に入っている。
見た目どおりの中流階級の、庭に植えられた木には何故か使い込まれたサンドバックが吊るされ、横には鉄棒がある。そして、その鉄棒を掴み上半身裸で懸垂をする一七歳の青年が毎朝の筋トレをこなしている。
彼が真神誠。五年前に兄になってくれた幼馴染み。身長は一七八センチと中々の長身。黒々とした髪は伸ばすでも、短いでもない。変化に乏しく、今時でもない髪型。二重の瞼に深い黒の双眸。色白に入る肌に、鼻も唇も整った顔立ちだが、全体が標準的なためか、中の中といった雰囲気が強い。私から見ても変哲も無ければ別段、目立つ所もない、何処にでもいそうな顔だ。だが、四月とは言え冷たい朝の空気の中で、上半身に湯気までのぼらせるほど懸垂を続けている。
外界に意識をせず、内側に埋没する瞑想のような反復運動。集中している顔は、凛々しいという、在り来りの形容詞しか私には浮かばない。
顎先まで身体を持ち上げ、また降ろし、また顎先まで身体を持ち上げる。
脈動する筋肉は一日も欠かさず鍛えたもの。
ぞくっとするほど胸の筋肉は厚く、腹筋は一直線に割れ、筋肉の上に薄っすらと脂肪が急所を守る。
この身体で格闘技どころか、体育系の部活をしていないのも驚きである。
その鍛えられた背中には、良くも悪くも平均的な彼に、違和感を与える青白い刺青。
七重の円は何かをせき止めるようにも見える。
彼の日課である腕立て、腹筋、背筋、懸垂を五分間行い、最後の仕上げにサンドバックに移る。
腰の回転を利かせた左のショートアッパー一発で、サンドバックは跳ねて浮く。そこから捻じ込むような右フックでくの字に曲げ、バックステップ後のワンツーの連携は乾いた音を響かせた。
後方に跳ね上がったりするサンドバックが、威力を顕著に語る。リズムのいい打撃音と、鎖を擦る音が一曲の音楽のように響いてくる。
暫時の間、聞き入っていたら兄が拳を何時の間にか開いていた。と、言っても時計を見ると丸々五分間サンドバックと向かい合っていたようだ。大きく伸び、ストレッチをしつつ、鉄棒に掛けていたバスタオルで汗を拭い、縁側に座る。
程なくして私は兄の背後に佇んだ。邪魔にならないよう、離れた位置。自分の限界ギリギリ、一定の距離を保とうとすると、どうしても硬く冷たい印象なのを自分でもよく解る。とても冷たくて自己嫌悪してしまう声音で。
「おはようございます、兄さん。朝食の準備が出来ています」
淡々とした丁寧な口調。相手との距離を近付ける丁寧語ではなく、離れるための丁寧さ。冷徹なまでの他人行儀に、兄は肩をすくめた。 私を見るために背を反って眉を寄せる目は、困った顔だ。その顔は私としても傷付いてしまう。
「おはよう、美殊・・・・・・出来ればさぁ、もっと親しくいこうよ。義理とはいえ、妹なんだし。それにさぁ、少しは笑えよ」
セーラー服の上にエプロンをつけている私に、兄は見上げながら溜息を吐いた。勿体無いと小さく唇が動く。
兄が言うほど大げさな容姿とは思えない。
身長は一六五センチ、鏡に映る私はシャギィで肩に届くか届かないかのショートヘアに、切れ長な目は鋭いほうで、眼光の強い生意気な顔。そう、自分では観察している。しかしながら世間には眉目秀麗と、自分以外の人たちによく言われているのが謎だ。だって、表情は乏しい。鏡を見ると自分は人形みたいに思えてしまうものだ。
困り果てた兄の顔は、話が続かないと嘆いていることに気付き、濁りのない無い湖のような黒い双眸に視線を合わせた。
「『親しき者にも礼儀あり』、です。シャワーを浴びてから居間に来てください。朝食の準備を済ませておきます」
冷たい敬語と、徹底した淡々とする物言いで、居間へと早足で歩いた。自分で言って後悔する。親しき者にもと言うが、義理の母親である京香さん相手ならそんなに淡々と喋らないくせに、兄相手に余所行きの言葉使い。
「いや、おれが言いたいのは・・・・・・」歯切れの悪い間に、何時になったら――――と、切実に問うように聞こえた。その間を背中で受け取ったこちらとしては、後悔を更に重くする響きだった。
呼び止めるか迷ったようだが、兄は溜息を吐いてタオルを首にぶら提げ、シャワーを浴びに踵を返した。
この家の説明に戻りましょう。
真神家の住人は現在二人だけである。黄翔高校二年生の長男の誠と、同じ高校で一年生の私と二人暮しである。
父親の真神仁は五年前に死去。母親の京香さんはブティック経営。家事と兄の世話を、私に任せてからブティック経営に集中し、海外出張している。日本には大抵いないが、毎月ごとに絵葉書と現在の状況をマメに知らせてくれる。一ヶ月前の絵葉書は、最近建てたパリ支店の写真が送られてきていた。
それらの葉書と写真は、居間にあるボードに貼り付けている。その上の簡易黒板のスケジュールには、風呂とトイレ掃除の担当日が記されている。このように書いているのは、私が全ての家事をこなしてしまうために、兄の無駄な抵抗を続ける意思表示である。しかし、私としては台所というのは聖域で戦場。炊事洗濯は京香さんが私に任せた大事な仕事の一つ。
家事をこなし、兄の健康状態を守るのは私の役割で、五年前から決まっている。それが兄には逆に申し訳が無いのだろう。もしそうなら、五年間続けてきた日課と楽しみが、無くなってしまうのは困ってしまう。
「何、考えてるの。難しい顔して?」
学制服に着替えた誠の呆けた顔が、私に向いていた。私は自分の顔を掌で確かめるうちに、誠はテーブルに並べた朝食に視線を移す。
この居間は、畳で和風。ただし、東西南北と居間の出入り口に符札が張っている。もちろん誠には気付かれていないし、全部京香さんが作った札で、その効果は凄まじい。その威力を丁度見せられるモノが誠を狙って、運悪く居間に入ってきた。
――――霊感のない者に見えない不確かな煙が、誠に触れようとする。しかし、符札が煙を敵とみなし微力な雷を放つ。常人の目に見えないコンマのスピードで、真っ二つに切り裂く。稲光の激しさに怨嗟と苦しむ顔を残して、霧散した煙は浮遊霊。
霊媒として質の良い誠を狙ったのだろう。しかし、この家は私の魔術と京香さんの魔術によって結界を張ってある。それも誠に触れようとする浮遊霊、悪霊を容赦なく駆逐する攻撃的な結界。不純なモノを自動的に排除するため、居間の空気は清潔感というよりも、徹底的に消毒し尽くし、霊魂という細菌が存在しない空間。
勘の良い人間がこの家に入れば、病院の個室をイメージしてしまう。それだけ誠は悪霊達には憑かれ易い、免疫不全の患者のようなもの。普通の空気に触れるだけで、病気に掛かってしまうという表現が適切でもある。その患者は朝食の感想を。
「いつも思うけど、もっと手抜きしても良いよ」と、呟いた。
ここ最近の食事の感想は同じだ。食べる時はすごく美味しいと褒めてくれるのだが。
今朝のメニューは、自家製和風ドレッシングの湯通しサラダ。鮭は焼くよりも、アルミホイルであえて蒸し焼き。小皿に白菜の浅漬けは鷹の爪が彩る。長葱と豆腐に油揚げが浮かぶ味噌汁。玄米を四、白米を六の割合で炊き上げたご飯。私は何故か和食、洋食、中華の三種とも調理は出来るが、それでも和食よりになる。
自信作の朝食を前にして、誠はまた肩を落としていた。量は多めなのは昼食のお弁当へと、リサイクルすることも念頭に入れている。これでもう誠は、台所に立つ経路は失われたのだ。今朝も私の勝利に終わる。
そして、項垂れている顔には自分では決して作れないと、書かれていた。
それには胸を張って言える。当然だと。食材を切るより、誠は指を切るのが関の山である。そんなのは困るし、それに私としては好きな物には、妥協を許せない性格だ。しかも、誠が食べる物。手抜きは私の誇りに関わる。
食欲のそそる湯気の向う側で、項垂れる誠をよそに私は正座してご飯を盛る。誠は何か言い掛けたが、溜息に変えて大人しく座った。
私は茶碗に盛ったご飯を手渡すと誠は箸を付けず、仏壇にご飯を置く。私は皿に盛ったおかずを仏壇に置く。写真は三つ。
五年前事故で失った私の父と、私が生まれる前に撮られた母。そして、誠の父親である仁さんの写真。
私と誠は手を合わせて、亡くなった仁さんと、私の父母に冥福を祈る。これが私達の家、真神家のいつも通りの朝だ。
テレビに映る、蝶ネクタイをつけたキャスターの声が響くいつも通りの朝。
午前七時三〇分には、私達はほとんど学校の身支度を終えている。私自身は朝食の準備に起きるので早いのは当たり前だが、誠が早く起きているのは、日課であるランニングや筋トレのため。そして、隙があれば私に代わって朝食を作ることを目的としているが、今のところそんな隙を見せていない。
誠は帰宅部だが、やりたいスポーツがある訳でもないのに身体を鍛えるのが日課だ。それは五年前に死んだ仁さんとの日課が、今でも続けられているだけである。
「身体が何事に対しても資本。鍛え、大事にするのは当然」
この言葉に、誠は仁さんが亡くなっても続けている。私が知る限り、一日足りとも休んだ所を見たことが無い。仁さんのことを思い出していると、私は昨日の晩に掛かってきた電話を思い出して誠に伝えることにする。伝えるといっても、五年も繰り返していることだが。
「京香さんの伝言です。「一八日に帰るから、居ろ」との事です」
私は真神夫婦を仁さん、京香さんと徹底している。
線引きではないが、ケジメにしている。私を生むために駆け落ちをし、私を生んで死んでしまった母。男手一つで、一〇年間も育ててくれたのが父。しかし、二年後の高校卒業後には仁さんを義父、京香さんを義母と呼ぶ予定になっている。いや、絶対に呼ぶ。呼んでみせると、目標を立てている。
「そっか〜もう、そんな時期になるんだよな〜親父の命日」
鮭を箸でつつきながら、しみじみと呟く誠に私は相槌を打つ。
京香さんは正月と仁さん、私の両親の命日、お盆、私と誠の誕生日だけはマメに帰ってくる。クリスマスは「いいよ、面倒だし」と、帰ってこない。これはある意味、私の『クリスマスプレゼントなのか?』と、今でも私は勘繰っている。
「お酒は足りるかな?」
誠が苦笑いをして冗談を言う。お正月に酒が足りないと暴れた京香さんの姿は、記憶にも新しいが、私はにこりともせずに頷く。
「大丈夫です。ご心配なく」
何処かの作戦準備のような口調。誠の手伝いはいらないと、断言している語調。誠は呆れていいのやら悲しんでいいのやらと、半々の乾いた笑声を小さく漏らした。
空白化した間の気まずい空気に、私はようやっと誠が傷付いたことに気付く。眉を寄せ、視線を外していた。私は努めて淡々と言うことにする。心臓の鼓動が邪魔になるほどの緊張と闘いながら、唇を湿らせて言った。
「部活終了まで待っていてくれますか――――? 食材を補充したいので、荷物を持ってくれますか?」
出来るだけ、淡々と言ったつもりだが、一気に言うには勇気が必要だった。五年前からいつもそうだ。このどこまでも単純な頼み事も、祈りのようになってしまう。誠の顔が、信じられないといった顔で、私の目を見たまま瞬きをする。しかし、すぐに飾り気の無い笑顔を私に向けてきた。
「当たり前だろ? 遠慮するなよ?」
素朴な笑顔と返答。純水な言葉は乾いた私の内側に透き通って、浸透していく。私の底にある優しい気持ちと、狂暴な気持ちが同時に驚喜している。今すぐありがとうと、感謝を込めた気持ちを言葉にしたい。しかし、今、この場の機会で誠の全部を、自分だけのものにしてしまいたい気持ちもある。
「ありがとうございます、兄さん」
――――お約束を言いながら、私は機械の正確さで小さく微笑んだ。同時に私の一番、奥深い心が舌打ちと軽蔑の声が響く。
――――嘘つき。
心に浮かぶのは、欲望に忠実な私。その舌打ちに対しても、私の胸はまだ清々しい。そんな魔的な囁きすらも、どうでもいいほど誠の笑顔は誠実に私に向けられている。今はそれでいいに決まっている。五年間も待った。あと二年も大差は無い。今はそれでいい。そう思っておこう。そう思え。
朝食の食器を片付け終えると、時刻は七時五〇分。その頃には二人で家を出る。住宅区を抜け、小高い坂道の通学路に入ると同じ高校の生徒が、黄翔高校の門に向かって歩いている。その流れに私達も合流すると、左横を歩いていた誠が口を開いた。
「なぁ、どうしてあの部活に入ったんだ?」
「と言うと?」
「美殊は運動神経良いし、体育会系の部活からも誘われていただろ? どうして文化系の、それも何でオカルト研究部なんだ?」
ああ――――なるほど。確かに高校最初の体育で一〇〇メートル走を、インターハイ九位の先輩と同じ記録を出してから、体育会系の誘いがうるさい。その事は、誠の耳にも入る噂だったのだろう。
「別段、特に理由はありません」
理由は多々あるが、隠匿する理由になるためにこの言葉しか選択肢は無かった。が、ほんの少しだけ、本心を上乗せした。
「ただ、気の合う人たちがいるからです」
そう付け足すと、誠は静かに満面に微笑んだ。奇襲じみた微笑に、私は動悸を抑えながらも眉を寄せる。と、いう困難極まる動作を懸命に行う。不思議そうに訊ねるポーズを。
「何か?」
失敗。声が少し甲高い。しかし、誠は気付かないまま「うんうん」と納得したように頷いただけだった。私の演技が上手いのか、誠の朴念仁振りが筋金入りなのか。そのどちらなのかを、白黒つけたい。
「うん? 美殊が気の合う人って言うの、数えるくらいだからさ。嬉しくて」
やはり誠は朴念仁だ。私は鈍感な誠を思いっきり引っ叩きたいような、それ以上に人の目を憚らずに、抱きしめたいような衝動に襲われるのは、誠が私にこんな笑顔を向けている時だ。
損得を抜きにし、自分のことのように喜ぶその微笑は、五年前から私の宝だ。
だが、何時、この笑顔が私以外の人間に向けられるかと思うと、氷点下の炎が静かに燻る。
それらの衝動を懸命に抑えて視線を前にする。何でもないように。でも、少しだけこのつまらない通学路を歩くことが楽しくなった。
横に確かに居てくれる人を、感じているだけで全ての風景が奇麗に見える。我ながら、安上がりなんだか、欲深いんだか。
「やぁ。おはよう、真神」と、一番隙だらけで高揚していたと時に、甘過ぎるくらいの声が背中に響く。私と誠は振り返ると、そこには見事なまでの美男子が立っていた。
私は嫌悪感で無表情に。誠は見覚えの無い人物に首を傾げていた。
一八五センチの長身にスラリと手足の長いモデル体型。ウェーブ掛かった髪に、異性を引き付ける美貌は、計算し尽くしたかのように微笑んでいた。非の打ち所のない美男子が、私と誠の間に割って入る。自分なら全て許されると思っているかのような無遠慮さだ。
さきほどの暖かな気持ちが、急速に冷え切っていく。私と誠の間に入ることを許したものは、京香さんと空気以外の存在を、今のところ認めていない。
「何の用でしょうか?浅生先輩?」
私の冷たすぎるセリフに、聞き耳を立てていた周りの野次馬が息を飲む。
男性として学校内でトップクラスの容姿を誇る三年生の浅生和海を相手に、突き刺すように睨んだからだ。
周りの女子達は信じられないとか、生意気な奴と睨んでいるに違いない。
おい、おい?ご挨拶だな?と、苦笑して肩を竦める浅生の作り物じみた微笑。そして視線は、衣服の中でムカデが這うような不愉快さ。この男は私の表面しか見ていない。内面を見ずに私を、アクセサリーのような感覚で手に取ろうとしている。実に不愉快だ。
「朝の挨拶に声を掛けただけだよ」
「そうですか。なら、さようなら」
これ以上何もない。私は切って捨てるように返答し、浅生を無視して誠の腕を掴んで早歩きで離れようとしたが、イキナリ私の肩が掴まれる。後ろを見ると微笑のまま、私の肩を掴む浅生は優しく問い掛けてくる。
「せっかちだな、話をしようよ? 真神?」
これでもかと言う、甘い声音だが、私の肩にはギリギリと力を込めている。顔と言葉で通じなければ、力で来る。外面は一級品だが、中身はただ欲望を優先し、特別視されたいだけだ。周囲の前で恥をかかされての、突発的な女々しい行動。肩に痛みが走るが、おくびに出さずに私は冷笑を選択した。この手の輩を、私は人間だとは思わない――――誠と歩く通学路を邪魔する者など、私は許さない。
「話すことなど――――ありましたか?」
肩の痛みを無視し、完璧に見下して言った。数回ほど、信じられないものを見たように瞬きをする浅生。その目にあった理性が、綺麗に漂白される。微笑の仮面で、槍の矛先じみた眼光。殴られるかもしれないと、直感した時だった。
私の肩を掴んでいた手が、ゆっくりと離れていく――――浅生の手首が、ギシギシと音を立てながら私の肩から離れていく。
「何だ。その手?」
初めて浅生は誠を見る。握力と膂力に浅生の額には、冷や汗が流れていた。
誠は前髪が影になって、表情が窺えない。周りの野次馬はさらに驚きで息を呑む。見た目に大人しい誠の行動に、全員の目が白黒していた。無害の平均値みたいな誠が、空気を豹変させてしまう。前髪の隙間から鋭い眼光で浅生を睨んでいる。槍のように刺すでもなく、刀のように袈裟に斬るでもなく。
ただ当然のように握る腕を圧し折ろうとしていた。眼光に負け、浅生の顔に恐怖が走る。ただ、本気なだけの誠に。脅しも、駆け引きもない、ただ激情に直結した誠。
私が好きな誠の姿だ。何かのために喜怒哀楽を露にする誠が好きで、それが〈私のため〉なら、尚更だ。その姿をもう少しだけ見ていたい。五年振りに見る誠の本質だから、骨が折れるくらいは………黙っていよう。
「ハイハイ〜?喧嘩しない、喧嘩しない」と、外国人が日本語を発音するときのような、変なイントネーションで誠の手を掴み、浅生から剥がした邪魔者――――もとい、仲裁者は浅生を美男子というなら、この彼は美丈夫。それも、稀に見ないくらいの立派な男性。
美形でありながら、男らしい顔付き。一目見て「不良」や「怖い」というイメージもあるが、柔和な眼差しと人好きする子供のような微笑。そのアンバランスさが魅力となり、彼の社交性を表していた。オールバックにすれば、ヤクザの若頭に見えるかもしれないほど、強面なのにその眼は、とても柔らかい。
一八三センチの身長と背丈もあり、誠と浅生の交互に見ると口をやんわりと開く。
「喧嘩なんてやるだけ損だろ。浅生も後輩を虐めて楽しいか? 君って確か、ミコっちゃんの兄貴でマコっちゃんだろ。君もだぜ、気を静めろよ。周りの人がビビっているぜ?」
柔らかく、大らかな口調と親友のような気さくさで話し掛ける学生に、浅生は嫌な目で見るように仲裁者を睨んだが、すぐに笑みを作る。しかし、その眼は白濁して爽やかさとは反対だった。
「あれ? おはようございます、巳堂先輩。まだ学校に居たんですか?」
白々しい敬語で、仲裁者に挨拶する。この仲裁役を買って出てくれた人は、私が所属するオカルト研究部の部長で巳堂霊児先輩。そして、三年生の浅生が先輩と言うのは簡単だ。巳堂霊児は三年生が二度目になる。意地の悪い中傷だが、言われた本人はまったく聞かずに誠に話し続けていた。
「さっき、オレもビビるくらい怖かったぜ――――って。何だ、まだ居たのか? さっさと行けって。マコっちゃんはオレが抑えておくから――――とっとと行け」
軽い口調と空いた手で「アッチヘ行け」と、ヒラヒラ振っているが、最後の言葉だけはやけに重い。浅生の罵りなど巳堂さんは聴いていなかった。むしろ、それよりも注意しているのは誠だ。未だに誠の腕を掴んだままでいる。理由は明瞭。かなりの力で誠の腕を掴んでいなければ、誠は何をするか解らないと巳堂さんは判断している。
この人の直感はほとんど〈予知能力〉だと、私は知っている。直感のレベルを超えた未来視であると。
「・・・・・・・・・」
巳堂さんの真剣さに危機を感じたのか、浅生は荒々しい舌打ちと共に私たちから離れていった。何時の間にか出来た人の輪を貫き、乱暴に押し抜けて行く。見世物は終わりかと、人だかりも一気に興味が失せたのか、歩みを再開し、学生服の波で見分けのつかなくなった浅生の背中を見届けてから、巳堂さんは私を見て肩を竦めた。
「ミコっちゃんもあの手の奴は、軽く流せ。いつもは千切っては投げているだろうに?」
「・・・・・・まるで、それが得意のように聞こえますが?」
幾分、不愉快な表現だったので声が冷え冷えとしていた。それに素早く察した巳堂さんは、失態に頭を掻く。
「ワリィ、訂正だ――――しつこ過ぎる野郎だったな?」
「・・・・・・そうですね」
返答して、相変わらず切り替えが早い人だと思った。良くも悪くも。
「それと、マコっちゃん?」と、腕を離して巳堂さんが誠に視線を移した。だが、誠は一拍の間を残してから、ようやく目の焦点が巳堂さんを見つけると瞬きする。
「・・・・・・えっと――――美殊。この人はどなた?」
誠が巳堂霊児を見てから私に小声で問い掛けた。確かに私は巳堂さんに誠のことを話したが、誠には巳堂さんの事を話していなかった。初対面である事に気付いた巳堂さんは声を大にして笑う。
お腹が苦しいのか、ほんの少し九の字にもなり、涙目で笑っていた。
「ああ、初めましてマコっちゃん。オレは巳堂霊児だ。オカルト研究部部長をしている。よろしく」
巳堂さんは握手を求める。
「えっ?美殊の部活の?部長さんですか?そうですか・・・・・・妹がお世話になっています」
誠も握手で返した。それからは気を取り直し、世間話をしながら歩みを再開した。
丁度、巳堂さんが私と誠の間を歩く形で気に入らないが、仲裁役をしてくれたのだから、我慢はしよう。
四月一六日。黄翔高校。放課後。
教室の清掃を終えた生徒達は皆が皆、足早に教室から出て行く。
何人かは、私に軽い挨拶をして去っていく。
「ミコト〜?帰るの?」
机の中にある教科書をカバンに詰めている私の横で、女子が声を掛けてきた。
ボブのショートカットに、陸上で焼けた褐色肌の女子。一七〇センチでスラリと背が高く、中性的な美人と称せる。私の数少ない友達、戸崎晶はにっこりと笑っていた。
「一緒に帰らない? 寄り道がてらにパフェでも食おうぜ?」
男言葉で言う晶のサッパリした雰囲気は、異性や同性にも好感がある。私としてもこの数少ない友人の誘いに乗りたいが、立ち上がって首を横に振った。
「ごめん、今日は部活。明日、部活の後なら空いているわ」
教室の出口を向かって歩くと、横に並んで晶も玄関口を目指して歩く。
「そっかー、残念だ。じゃあ、次は頼まれたものを渡すか」
私は眉を寄せたが、晶はポケットから一枚の手紙を取り出そうとするのを、手振りで止める。解っていたのか、晶は苦笑する。
「そっかー、無残だねぇ」
苦笑して肩を竦める晶は、手紙をポケットに戻す。
「じゃあ、明日は部活が終わったら、道草に付き合ってくれよ?」
「構わないわよ」
応えると、晶は満面の笑みでさすが親友と言う。苦笑するしかない。彼女は陸上部のホープで、甘いものが好き。マメにパフェの情報を仕入れては私を誘う。
自分一人だと何だか、人の目が集中して落ち着かないらしい。同性も異性にも目立つ彼女が、パフェを食べるには何人かの友達と一緒に行くしかない。木を隠すなら森の中ということだが、それでも目立つと思う。
私と晶は橙色に染まった廊下を渡り、長い影を追うように階段を下りて、下駄箱に歩を進めていくと体育会系の喧騒が近付いてきた。金属バットの乾いた音響に、グランドを走るサッカー部員の声が響き始める。
「でも夕方には帰るわよ? そのまま梯子する時間はないわ」
「解っているって? だったら、ついでだ。誠ちゃんも誘うか?」
上履きを脱いで、悪戯好きの笑みで言う。晶とは小学校からの付き合いで、〈昔〉の誠のことも知っているし、私と誠が本当の兄妹ではない事も知っているのは、この学校内の生徒でたった一人である。何故かと言えば、色々あり過ぎて説明に困るが、その色々は全て怒りを爆発させた誠が絡んでいる。
「アキラ?」と、私の口から無意識に無機質な声音が響いた。
アキラは私の顔を見て肩を竦める。私のタブーは全て誠に始まり、誠で終わる。それを口にしたアキラは口を手で抑えた。ちゃん付けなど、絶対に許さない。
「わりぃ。調子に乗っちゃった」
あははのはぁと、言って自分の頭を叩いた。晶は本当に私の親友だ。数少ない味方で、私の気持ちも知っている。私の凶悪な面と、誠の本質も知っておきながら友人として扱ってくれるのは、彼女だけだ。
「いいの。こっちこそ、ごめん。それじゃ部活に行くわ」
私はその場の気まずさと、礼を言いたい気持ちの板挟みに負けて靴を換える。部室を目指すために足を動かし、晶の横を突っ切る。
グランドの一番端にある部室に小走りに向かう。
部室はボクシング部と書かれた看板に、大きく×が書き殴っている。その横に小さく、こぢんまりと〈オカルト研究会〉と書かれている。×を大きく書き過ぎて、書き直すスペースが無くなったから、小さな字になったのだろう。
その部室のドアノブに手を掛けて入ると、中は他の文系と比べて広い方に入る部室。
四角いリング、部室の端に身体を鍛えるための設備はそのままで、モヤシっ子が集まるオカルト研究会と名乗っておきながらも、身体を鍛えるための設備はそのまま。
むしろ、今でもかなり使い込まれている。リングには陰陽を表す大極図。リングの横側に四つある机が並べられており、乱雑に散らかっていた。
タロットカード、水晶、ビーカー、アルコールランプに霊薬、火蜥蜴の粉末が散らかった机は、化学実験を思わせる機材も並べられている。
それに対してもう一つの机には、無数にある銀の杭、剣を模した十字架が刻まれた銀の指輪が一つと、鞘に収められた刀が無造作に置かれていた。
壁際の真っ白なボードには、黄紋町の地図が貼られている。所々に赤い鋲でマーキングされており、住宅、駅前アーケード、峠の頂上、ビル、公園、神社、学校と全部で七箇所。その赤い鋲は、まるで事件現場を示した場所と連想されるが、それとは違う。
事件現場に生り得る可能性がある場所を、指しているのだ。そのために、この部室も刑事の詰め所という意味なら、当たらずとも遠からずである。
部室とは言えない、張り詰めた空気を持つ詰め所には、すでに一組の男女が座っている。一人は言わずと知れた部長の巳堂霊児。
もう一人は女性で腰まで届き、見事なまでに夕日を照り返す金髪に、エメラルドのような碧眼。彼女はフランス人形じみた容姿だった。私と同じ学生服でなければ、高校生と解らないであろう儚げで幻想的な美貌。身長は一四五センチで小さくてとても可愛く見えるのだから、仕方が無いが――――
「おせぇぞ美殊?」
儚げで可愛らしい金髪の少女が、男勝りの口調である。大抵はこの言葉使いで、大半の後輩がショックを受ける。私もその一人だった。
彼女は三年生のマージョリー・クロイツァー・ガートス。言わずと知れたガートス家のご令嬢で現、ガートス家の当主。この街の権力者と言っても過言ではない。あだ名がマジョ子さん。命名は巳堂さん。
「教室の掃除当番だったので、遅れました」
私は素っ気無くマジョ子さんの怒声を躱して、彼女の向かいに腰を下ろす。私の机は他の二人と違って小物は少ないが、符札が並んでいる。札には六芒星、五芒星、陰陽大極図に北欧ルーン文字。そして八角形の中に、小さな円が七つある模様が描かれた札は、真神の式神札。
ここはオカルトを研究する部活動だが、行使することも出来る人間が集う場でもある。
現代社会でありえない超常現象。神秘を論理、幻想を倫理とする私達を、〈魔術師〉と大まかに呼ぶ。
この街――――幻想と神秘の源泉。神話に繋がる門を持つ〈鬼門街〉。そして、この街の裏側は二つの勢力と、数人の個人が支配している。
一つ目の勢力は〈聖堂〉。世界に根を張り、魔術を取り締まる組織。その最高峰、「聖堂七騎士」の内一人である巳堂霊児は、私達側で誰もが知る有名人だ。戦闘特化の異能力者が集う集団内で、トップクラスの地位にいる。
〈神と人との差は、人と豚以上の差がある。だから私達の耳に、神の声は聞こえない。私達の目に神を神として認識出来ない〉と、聖堂の教典があるが、七騎士全員はその教典から外れるらしい。字にすれば、こうだろう。
〈なら、ありがたく思う必要など無い〉
巳堂霊児はその中でも、定型で基本の無神論者であり、先の言葉に最も当てはまる。吸血鬼狩りを目的とした人型の究極たる刃。
聖堂九一代目の女教皇が選んだ聖剣。「聖堂七騎士」の中、二千年の歴史を持つ聖堂で四人目の〈剣〉という、聖堂騎士最高の名誉を持つ。
〈源祖〉や〈真祖〉、もしくは〈第一世代〉と呼ばれる吸血鬼を五年前に、この町で殺害することに成功し、輪を開いた一振りの〈聖剣〉。
二つ目の勢力側は、この私よりも年下と思ってしまう容姿のマジョ子さんである。
連盟は知識欲、探究心の行き過ぎた連中である。己が知識を満たすため、人も悪魔も隔て無く手を結ぶ。
誤解を怖れずに例えるなら、大英博物館級のホームページとも言える。
言い得て妙なのが、頂点に立つ人間も何処まで繋がっているのか、全く理解できていないらしいのだ。
その中で彼女自身は魔術道具の生成に長けている。魔具(ウィッチ・アイテム)の創製に精通し、二年前に魔具開発機関と、魔術師で構成する軍隊を作り上げてしまっている。
現在、連盟主催の研究発表会がある度に、ガートスの訓練場卒業生がガードマンとして借り出されるほどの、魔術問題に対しての精鋭。所持する魔具の全てもガートス。兵も物資も持ち、連盟内で確認されている武力集団で、最大勢力の責任者である。
二大勢力の代表二人と並べ、比べても遜色無い人――――つまりは、この鬼門街を最後の勢力。私の養母である真神京香がその代表だ。
今はパリにブティックの支店を構え、日本に居ない。そして、長くこの世界との縁も絶っている。しかし、その存在感と畏怖の念は伝説と化している。
私は、幼少の頃より魔術師である実父に身を守るべく、召喚魔術を教えてもらっていた。そこから真神流の術も習うが、今の私には一端程度しか届かない。
真神の思想、真神家の教えは単純だ。ある意味、聖堂や連盟よりも性質が悪い。そして、私の言葉では説明が付かないため、京香さんが真神の性質を語ったときの言葉を、そのまま用いることにしよう。
「私達真神家や、それに連なる家は神を「力」として認識している。まぁ、軽くて爆薬や劇薬のレベルで認識していた。ぶっちゃけると、ある神様とある神様が居るとする。それが良く洗剤で見かける〈混ぜるな危険〉と、書かれた洗剤同士のような関係だ。しかし、真神のご先祖様は、そこで「何故? 死ぬから? 上等!」って、利口な人間なら思わねぇチャレンジ精神に火を付ける。それが本当なのかを自分で確かめるために、混ぜて呑むんだよ。待っているのは当然の如くの異変であり、ぶっつけ本番の実験。そいつを何度も、自分の身体で繰り返す。
真神家はそれを知ろうとし、知識として次へと残し、無害にするために他の薬品と混ぜ合わせ、当たりが出るまで世代で繰り返し続ける。そして、最後にはその「力」の毒性に免疫を作り上げる。しかし、その反動も激しいんだ。操るだけの原理を血に刻み込む。そのため肉体だって変化する。ぞくに言う獣化現象や邪眼もその一つだ。もう遺伝的で、真神家や他の分家筋に真っ当な奴はほとんどいないんだぜ?」
京香さんは笑いながら言う。が、冗談ではない。「力」とは言え、古代の人々が、「神」と思うほどの「力」だ。そんな簡単なものではない。
「相克し、相反する神、悪魔、天使などが舞い降り、人々に憑く。そんな魑魅魍魎が跋扈する鬼門街。その中で生き残るために、邪道、外法、魔生を極めたんだ。
〈連盟〉と〈聖堂〉は畏怖を隠そうともせずに、真神家から輩出した分家などは魔術師と呼ばず、〈退魔師〉か〈魔人〉と呼ぶ」
ありとあらゆる神々と、化生が出現する〈鬼門街〉が生んだ〈鬼門街の魔人〉。
真神家八〇〇年の歴史ある召喚法を、私は一ヶ月前に基本段階をようやっと習得することに成功したが、召喚法だけでただの氷山の一角にすぎない。まだまだ、勉強中の未熟な私と、この二人と比べると雲泥の差は目に見える。
女教皇の聖剣と、魔女の両名に比べたら私は何て――――矮小なのか。
真神家の養女に過ぎない私には、獣化現象も邪眼も持ちえていない本当に矮小な存在だ。
「じゃ全員揃ったみたいだし、始めるか」
そう言って巳堂さんは席を立ち、ボードの前に立ってある一点を指す。場所は駅前アーケード。巳堂さんの表情が、ガラリと変わった。
今朝見せた社交性と柔和さが、綺麗になくなる。鞘から抜き出た刀が、身に纏う剣気によって、空気まで変貌する様を見ているようである。
「ここで、暴力沙汰があった。不良グループ男一五名が全員、全治六ヶ月の入院送りになった」
巳堂さんの説明に、プリントアウトした資料をマジョ子さんは私に渡す。このような情報収集はマジョ子さんの財力で手に入る。あまり大きな声では言えないルートで。私はそのルートを深く考えないようにして、プリントに目を走らせた。
午前一時、一五名の不良グループは救急車に運ばれる。
全員が鋭利な刃物の裂傷と、両腕両足を粉砕骨折していると、書かれていた。
「全員が全員、口を揃えて〈女を悪魔に攫われた〉と言っている」
「行方不明になったんですか?」
そう詰問した私の向かいに座る魔女は、緑の瞳を小さく細められている。この事件の犯人を獲物と定めた冷酷な眼で返答する。
「いいや。八人全員きっちり帰宅。しかも、仲間の怪我など知らないと言う。薬物検査も白。精神状態もきっちり正常の女と、入院患者の恐慌状態との落差が異常だから、入院中の一五名の奴らを片っ端から、催眠術を掛けて情報を集めた結果、厄介そうだ」
「それはどう言う意味ですか?」
「犯人の映像は黄翔高校の制服。特定の目星はまだだけど、その線から探索」
私の問いに巳堂さんは、淡々とした声音で呟く。
些かも表情を変えずに慣れ切った仕草だ。
「犯人を見つけたら行方不明が良いですか? それとも不慮な事故でしょうか?」
「どれもバツ。もし本当に悪魔だったらエクソシスト機関がある〈聖堂〉よりだ。また行方不明者が出ると、坊主達は吸血鬼狩り機関のオレを勘繰ると思うぜ? さすがにウンザリだ。今回は優しく入院コースだな」
魔女は紅茶を進めるような優雅さで訊き、修羅も肩を竦めて愚痴を言う。
二人にとってこれが、オブラートに包んだ会話である。
魔術師としての頂点を目指してはいるが、ここまで行きたいとは思わない。物騒さと剣呑な言葉を使いながらも雰囲気だけは、お茶会のようなものである。
「そこでミコっちゃんに頼もうと思う」
「判りました」
巳堂さんの言葉に頷く。ここからが私の出番。戦闘能力は及ばなくとも、探索が私の分野の一つである。マジョ子さんは頬杖して鋭く私を窺う。
「使い魔はどれだけ放てる?」
挑むような目に私は引かずに合わせる。
「一二です。視神経と繋げる物となると、式神に分類します。目立ちますから帰巣本能と、記録能力に特化した使い魔にします。三日後までにはこの街のほとんどを見て回れます。そのあとは記憶映像の検索に時間を頂ければ、問題はありません」
「忌々しいくらい優秀だな。お前?」
最初の言葉を無視すれば、悪戯っぽく笑うマジョ子さんは優しい瞳だった。
巳堂さんが前衛なら、私とマジョ子さんは後方支援型である。私は使い魔や召喚獣、式神を用いる召喚師。虚弱とは言え、探索や情報収集に優れた魔術師は、この中で私だけのポジションである。
「そんじゃ、決まりだ。ミコトは使い魔で街の変わった所を調べろ。部長はアーケードの鬼門を見に行ってください。私は催眠術を続けて、どんな犯人かの目星をつけます」
マジョ子さんの提案に頷いた巳堂さんは、鞘に収まった刀を布で覆い、マジョ子さんも席を立って部室の出口へと向う。
私も机に置いてある真神式の札を一二枚取って、席を立つ。その一二枚が私に触れたことによって淡く光りだして反応し、札が脈動するころ、私は部室の戸締りを終わらせて、その一二枚から手を離す。それを合図として一二枚あった札は白い鳩と生り、四方八方へ飛び立っていく。私は飛んでいった鳩達を見送ってから、腕時計を見ると誠との約束よりも三〇分早かった。
丁度良い、今日はアーケードのスーパーが、安売りをしているから街に行こう。知らずに緩む頬を引き締めながら、校舎へと私は小走りで向かっていった。急ぐことでもないのに、早くと自分を急かして。